どどめ色の真実

ジャンルばらばらの闇鍋ブログでございます。

【ひぐらし業】その1・古手梨花犯人説

 高校生で田舎を離れて寮暮らしになった時のストレスを甘く見てはいけない。

 三秒の人もいるし、三か月の人もいるし、三年経っても慣れない人もいる。

 ※梨花ちゃまファン閲覧注意。

 

 『ひぐらし業』の物語は

 「罪を犯した古手梨花に己の罪を気づかせることが目的である」

 ……という仮説を立ててみた。14話での梨花と羽入のやりとりを聞いていると、五年後の梨花はある日突然五年前の雛見沢のループに引き戻されたらしい。梨花は原因がわからない。

 15話で殺される寸前、梨花

「どうして? どうして私だけが、こんな目に遭わなくちゃいけないの……? 永遠にこんな目に遭い続ける……私が、それほどのどんな罪を犯したっていうのよ……?」

 と言葉を漏らす。

 

 では五年後の梨花に何が起きたのだろうか。どうやら雛見沢を離れて聖ルチーア学園に入学しているらしい。聖ルチーアはかつて詩音が通っていた全寮制の女子学園である。安易に外に出ることはできないが、お嬢様学校である以上設備環境は並み以上だろう。体感百年の時を雛見沢で過ごした梨花にとって、因習に縛られることのない状態は喜ばしいことのはずだ。

 

 私が考えた梨花の罪は、『自殺』である。

 正確には『自殺をした動機』が罪であり、百年を生きた梨花が背負ってしまった業なのではないだろうか。

 

 梨花は雛見沢の因習をあまり快く思っていなかった。連帯感が強いと言えば聞こえはいいが、悪い方向に働けば沙都子の村八分のような理不尽が平気でまかり通ってしまう。雛見沢特有の人間関係はルールZとして梨花を運命に閉じ込めた要因の一つでもある。その中でも梨花は地域信仰における『オヤシロさまの生まれ変わり』として特別な扱いを受けていた。年配者に対して呼び捨てにしても可愛がられ、店先のお菓子を勝手に食べても怒られない。この扱いには梨花の母でさえ驚いていた(原作Tipsより)。

 そんな梨花が雛見沢の常識が通用しない環境に置かれてしまったら。もちろん、郷に入りては郷に従えの精神で慣れればそれに越したことはない。しかし、雛見沢以外の世界を知らず百年以上を過ごした梨花にとって簡単なことではない。

 もし聖ルチーア学園での生活がうまくいかなかったら?

 たとえ不和でなかったとしても、雛見沢とは違った人間関係に慣れるまでは大変かもしれない。そういったことが積み重なり、精神的に追い詰められた梨花はどう思うだろうか。百年の地獄に比べれば大したことはないと受け止められるだろうか。人生が「うまくいかない」と思った時、それでもたった一度の人生を頑張ろうと思えるだろうか。

 百年のループにより「別のカケラ世界」が存在することを知った梨花。そんな彼女が追い詰められた時、罪滅し編でそうだったように「別のカケラ世界」を望むのではないだろうか。

 

 『ひぐらしのなく頃に』には「過去の失敗から学ぶことでより良い人間に成長する」という描写が多くみられた。例えば友人を競争相手としてしか見ていなかった圭一は、失敗を経て誰よりも友情に厚い人間になった。母の嘘を見抜けなかったことを悔いたレナは、周囲の人間の感情を見極め気配りの上手な人間になった。魅音も、詩音も、沙都子も、失敗から何かを学んで成長している。

 最終話である祭囃し編で「誰も死なない世界」が紡がれたために忘れがちだが、ひぐらしは過去の失敗を「なかったこと」にするのではなく「受け入れる」ことの大切さを教える物語である(と思っている)。

 もし梨花が「ここは私のいるべき世界じゃない」と考え、うまくいかなかった現実を「なかったこと」にしたいと思ったら。羽入がいないからやり直しがきかないと分かっていても、せっかく手に入れた人生を蔑ろにしてしまうのではないだろうか。

 たった一度の人生を懸命に生きる。それはニンゲンにとっては普通のことなのに、百年を生きてしまったせいで梨花が失ってしまった考え方……なのかもしれない。

 

 梨花が『自殺をした動機』は「自分にとって都合のいい別の世界」を望んだから。

 ようやく手に入れた宝物を自分の意志で手放してしまった梨花の罪。

 百年のループにより抱えてしまった梨花の業。

 

 ひぐらし業』は梨花が自分の罪に気づくための物語である。

 ……というのが私の予想。

 

 

 長々と語ったけれど、要するに私は「賽殺し編で羽入が梨花に伝えたかったこと」をもう一度伝えているんじゃないかな、と思ってる。ひぐらし業の梨花はどうも賽殺し編未経験みたいだし。